近年、エステティシャンの活躍の場も広がってきており、従来のエステティックサロン以外でも様々な場所でエステティックサービスが提供され、社会に役立っています。その中でも近年注目が集まってきている場所で、「どのようにエステティックが提供されているか」のお話を聞いてきました。
志賀千恵子さん
2016年8月より 東京都の病院にて ソシオエステティシャン(非常勤職員)として勤務。入院患者への施術を行う。2018年より毎年 透析医学会にて 透析患者へのソシオエステティック事例発表。2024年より 女性自立支援施設での活動。在宅や施設への 訪問施術も行う。家庭や介護現場で使えるエステ技術を 一般の方へ伝える教室も運営している。

病院内でのエステティック、ソシオエステティックとはどのような仕事ですか?
私は、病院に勤務するソシオエステティシャンとして、入院中の患者さまにエステティックのケアを提供しています。患者さまは、ほとんどの方が寝たきりで、ご自宅に戻ることが難しい方ばかり。会話ができない方も少なくありません。高齢の方、透析、がん、ALS、認知症、精神疾患など、さまざまな病気と向き合っておられる方々です。終末期の患者さまを担当することも多く、入院生活の中で心身に寄り添うケアが求められます。
提供しているのは、ハンドやフットのオイルトリートメント、肩・腰・頭皮などのドライスパ、フェイシャル、ネイルケアなど。すべてその方のベッド上で行います。オイルにはアロマも使用しており、患者さまだけでなく、空間に漂う香りが、病院スタッフの気分転換にもなるよう努めています。

ただし、病院はサロンとは全く違う環境で、使える粧材や道具は限られています。また、拘縮や褥瘡、酸素マスク、胃ろう・経管栄養、人工呼吸器、モニター装着など、お身体の状況も多様です。安全性を最優先にしながら、手技・手法・自分の姿勢にも工夫を重ね、状況に合わせた“その方に最適なケア”を組み立てています。
ケアの目的も多岐にわたります。美容的な側面(清潔感や身だしなみ、表情の変化)、身体的な側面(皮膚の乾燥改善、血行促進、拘縮予防、痒みや痛みの緩和、入浴不足による汚れの除去)、そして精神的な側面(リラックス、気分転換、孤独感や不安の軽減、楽しみの提供)など、多面的にサポートを行っています。必要に応じて、ご家族の心のケアや、コミュニケーション支援も含まれます。患者さまにエステを提供することが、「何もしてあげられなかった」というご家族のお気持ちを救うこともあるんです。
私は、個人契約ではなく、病院職員として勤務しており、ソシオエステを受ける患者さまに料金の負担はありません。主治医や看護師からの依頼のもとに、医療チームの一員として、病院スタッフと連携しながら施術を行っています。その方が少しでも心地よく、安心して入院生活を送れるように支えるのが役割です。
なぜソシオエステティシャンになりたいと思われたのですか?
私には、これといった劇的な転機があったわけではありません。ただ、幼い頃からずっと、世の中に存在する“不平等”に強い疑問を抱いていました。例えば、
- 生まれた国が違うだけで戦争や貧困に苦しむ人がいること。
- 障がいがあるだけで差別を受けること。
- 恋愛対象が違うだけで好奇の目にさらされること。
- 貧困家庭に生まれただけでいじめの対象になること。
- 人間ではなく動物に生まれただけで、命や暮らしが他者によって決められてしまうこと。
人柄や生き方によるのではなく、「生まれた環境」によって命の価値が上下してしまう。そんな社会の仕組みに、ずっと違和感がありました。本来、命の重みは誰もが同じであり、他者がその価値を決めるものではないはずです。今でこそ、難民支援やバリアフリー、LGBTの理解促進、保護猫活動など、多様な支援が広がっていますが、私が子どもの頃にはそのような考えが社会にほとんど存在せず、「なぜこうなるのか」が理解できずにいました。
また“世の中の当たり前”にも強い引っかかりがありました。「結婚していないと未熟」「子どもを産んでいない女性は役に立たない」「高齢者は“いい歳して”と言われる」
こうした“当たり前”は一体誰が決めたのか。私はその意味に納得できず、いつも「どうして?」と疑問を口にして、親を困らせることもしばしばでした。
そんな私がソシオエステティックを知ったとき、「これだ」と強く思いました。通常のエステティックは“健康な人のための美容”ですが、ソシオエステティックは、何らかの困難を抱える方に対して、美容という手段を使って“その人らしく生きる力を支える”ものです。ここでいう困難とは、
- 肉体的(高齢、障がい、病気など)
- 精神的(精神疾患、認知症など)
- 社会的(貧困、服役 など)
といった幅広い背景を含んでおり、年齢・性別・国籍・経済状況によって門戸が閉ざされることはありません。
「あなたは○○だからエステを受けられません」という線引きが存在しない。そこに強く共感し、自分の生きてきた価値観と深くつながっていると感じました。今の社会ではまだ、「高齢者だから美は必要ない」「寝たきりだから意味がない」「お金がないから美容なんて贅沢だ」という価値観が“当たり前”として残っています。しかし私は、これらは必ず変わっていくと信じています。そしてソシオエステティックは、少しずつ確実に“当たり前の支援”になっていくはずです。
ソシオエステティシャンとしてのやりがいはどのようなところですか?また現場で感じられているエステティックの力とはどのようなものですか?
この仕事のいちばんのやりがいは、何より患者さまが心から喜んでくださることです。
刺激の少ない入院生活の中で、「あなたに会えるのが楽しみ」「この時間だけは病気のことを忘れられる」と言っていただける方も多く、私自身が励まされています。
特に、身内の面会がない患者さまにとって、ソシオエステティシャンは“治療や検査のためではなく、自分のために会いに来てくれる唯一の存在”になることがあります。医療チームの一員でありながら、他のスタッフとは少し違う距離感で寄り添うことで、普段は誰にも話せない心の内を打ち明けてくださることも少なくありません。「あなたが来てくれるだけで安心する」「家族みたいに思っている」と言ってくださるその言葉は、この仕事だからこそ得られる特別なものです。
施術後に見せてくださる笑顔や、前向きな言葉の変化は、何度経験しても胸が熱くなります。患者さまにとっての“ひとときの癒やし”を届けられることは、この職の大きな誇りです。
現場では常にエステティックの力を感じており、ソシオエステティックにおいて、エステティシャンとしての専門性は大きな力を発揮します。
- 接遇(ホスピタリティ)のプロフェッショナルとして、病気や症状ではなく“その人そのもの”を見る視点を持っていること。
その方が心地よく感じる言葉選び、声のトーン、間の取り方。これらはホスピタリティの現場で培ったエステティシャンならではの強みです。 - スキンケア&ボディケアのエキスパートであること。
肌に触れるだけで、その方の肌や身体がどのような状態であるか読み取ることでできるのは、たくさんのお客さまに直に触れてきたエステティシャンだからこその力。ただ汚れを取り除いて保湿するだけでも、エステティシャンが行うと「気持ちいい」「肌が違う」と、患者さまご自身がすぐに実感してくださいます。 - 触れるケアのスペシャリストであること。
肌を介した“快・不快”の変化に敏感で、その方の緊張・不安・痛み・気分を読み取る力は、他の職種にはない繊細な感性です。
意思疎通が難しいと言われる方であっても、触れた感覚や表情のわずかな変化から“心の声”を感じ取ることができます。言葉や表情といった伝達手段が失われても、「触れる」という行為はその人の感情を伝えてくれる。その事実を、現場で何度も実感してきました。
実際に、触れるケアを通して、
- 動かなかった手が動いた
- 無表情の方が微笑んだ
- 声を発することがなかった方が言葉を返してくれた
など、医療現場では“奇跡”と表現されるような瞬間に立ち会うことも少なくありません。
事例としては、こちらの記事にも紹介されています:
https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/harajuku009
触れる力は、本当に偉大です。特にエステティシャンの「触れ方」は、他の専門職には真似できない、やさしさと深い洞察を兼ね備えた特別な技術です。それはまさに、“心に触れる仕事”だと感じています。
